犬養道子『人間の大地』

【BOOK REVIEW】

犬養道子『人間の大地』(1983年,中央公論社)

少し前になりますが、11月20日は「世界こどもの日」でした。この日は今からちょうど20年前、国連総会で「子どもの権利条約」が採択された日にあたります。

私は「世界こどもの日」のニュースきっかけに、久しぶりにある本を開きました。南北問題、東南アジアのボート・ピープルの実情などを記した犬養道子ルポルタージュ『人間の大地』です。初めて読んだのは、中学生1年生のときだったと思います。目を覆いたくなるような悲惨な記録の連続に強い衝撃を受けたと同時に、人間としてこの世に生まれ、死ぬまで生きていく意味について、深く深く考えさせられました。以来、私は片時だってこの本のことを忘れたことはありません。

本書の中でも、特に心に残っている箇所があります。それは、犬養氏が1970年代末インドシナの難民キャンプで出会った“子どもでなくなってしまった子ども”のエピソードです。

紛争で家族と逸れ、一語も発さずたった一人で空を見つめる子ども。その子は食べ物はおろか、薬も流動食も口にしようとはしませんでした。衰弱しきった身体はいくつもの病気を抱えており、ついには医者も匙を投げました。そのとき、一人のアメリカ人ボランティア青年・ピーターがその子をただ「抱きしめる」ことをはじめたのです。

子の頬を撫で、接吻し、耳もとで子守歌を歌い、二日二晩、ピーターは用に立つまも惜しみ、全身を蚊に刺されても動かず、子を抱きつづけた。
三日目に―反応が出た。
ピーターの眼をじっと見て、その子が笑った!

ピーターが感動に打ち震えながら食べ物と薬を子の口に持っていくと、子はそれを食べたと言います。

このエピソードを読んだとき、私は人間の持つ愛の底深さを知りました。「抱きしめる」というただそれだけの行為が、どれだけ人を勇気づけ、生きる力を与えるのか。人は皆、絶対的な存在肯定を与えてくれる誰かの温もりを求めているのです。その後回復が確実になった子を見て、ボランティアの主任が言った言葉が胸に響きます。

「愛こそは最上の薬なのだ、食なのだ……この人々の求めるものはそれなのだ……」

26年前に本書が刊行されてから、世界を取り巻く状況は著しい変化を遂げました。しかし、世界には依然として貧困や飢餓、人身売買、児童労働など、子どもをめぐる問題が山積しています。それどころか、加速するグローバリゼーションによって1つの問題がいくつもの問題と相互作用を持つようになり、その複雑さはますます度合いを高めています。本書に収載された統計やデータは過去のものですが、ここに提示される問題意識は、決して過去のものではありません。今を生きる私たちが、今こそ、考えなければならない問題なのだと思います。本書を読み返して、その思いを新たにしました。

Text by NANASE