カレル・チャペック童話集


カレル・チャペック/中野好夫訳『長い長いお医者さんの話-チャペック童話集-』(1952年、岩波書店

こんにちは。本日はチェコの文豪カレル・チャペックの童話集をご紹介します。チャペックは大人のための文学や評論でも名高い作家ですが、とりわけ児童文学においては素晴らしい業績を残しました。岩波少年文庫の『長い長いお医者さんの話-チャペック童話集-』には、表題作のほか「郵便屋さんの話」、「カッパの話」、「王女さまと小ネコの話」など9編の傑作童話が収載されています。仕事上のパートナーでもあった兄カレル・チャペックによる素朴な挿絵も見所です。

本書収載の「長い長いお医者さんの話」は、親切ながらもちょっぴりいたずら好きなお医者さんたちによる多彩なエピソードを、チャペックならではの温かく親しみやすい文体で描いた物語です。私はチェコ語が読めないので原文を読んだことはありませんが、中野好夫による本書の翻訳は素晴らしいと思います。声に出して読んでみると、その美しさが一層引立ちます。
わたくしは声のするほうへ、ずんずん歩いてゆきました。道があろうとなかろうと、そんなことはおかまいなしに、つゆにぬれた草原をふみこえふみこえ、くらい森の中をわけて、しゃにむにいそぎました。お月さまがのぼりました。月光に照らされた大地は、しんしんと霜がおりるのか、なんともいえない美しさです。もともとわたくしは、そのへんいったいの地理は、じぶんのうちの庭みたいに、よく知りぬいているのですが、月の光をあびたあの夜のけしきは、まるで夢の国のようにふしぎなものでしたよ。考えてみれば、そういうふうに、ふとしたはずみから、ふだん見なれていたものを、まるで新しい目で見なおすようなことが、だれでもよくあることなのですねえ。

チャペックの童話の魅力は、何といっても“物語としての楽しさ”にあると思います。決して教訓的ではなく、子どもの感性に訴えかけるような純粋な楽しさ。これは児童文学において最も重要なことです。また、登場人物たちもユニークです。人間やカッパ、妖精、動物などあらゆる生き物が登場しますが、共通するのはみんなちょっと変わり者であるというところです(いや、ちょっとどころかかなりかも…)。ポエマーな河童、気まぐれな魔法使い、働き者の小人郵便局員、エジプトに憧れるスズメ、おばけの真似が大好きな小僧などなど、一癖も二癖もあるキャラクターたちが、物語に楽しい彩を添えています。“デイヴィツェ”、“プルゼン”、“カルダショヴァ・ジェチツェ”など物語中に出てくる聞き慣れないチェコの地名たちも、見知らぬ町に降り立った時のような、何ともいえないドキドキ感を与えてくれます。

チェコが生んだ世界的作家、カレル・チャペックの魅力が詰まった童話集。子どもだけでなく大人も楽しめるおすすめの一冊です。
Text by NANASE