恋するふたり

【BOOK】

シュペルヴィエル『海に住む少女』永田千奈訳(06年/光文社文庫

シュペルヴィエルを知っていますか?19世紀末にフランス人の両親のもと南米ウルグアイにうまれ、フランスとウルグアイふたつの国籍をもちながら、フランス語で詩や小説を書くことをえらんだ作家。フランス文学のなかでも玄人好みの、すこしマニアックな存在なので、けっこうな本好きでも知らない方もいると思います。

日本でも訳書がわりあい多く出版されているのですが、いまではほとんどが絶版。今回は2006年に新訳として刊行された短編小説集『海に住む少女』をご紹介します。なんとワンコイン(税込み500円)で読めるシュペルヴィエル。リスペクト!光文社です。

シュペルヴィエル、本業は詩人ですが言葉で遊ぶことなく、その豊かな想像力を「おはなし」として紡ぎ上げていくストーリーテラーといったタイプ。どちらかといえば、彼の創作の手法は、小説家よりも絵本作家に近いのかも知れません。

本書に収められている「空のふたり」も、不思議なイマジネーションあふれる20ページ弱の短編作。おはなしは、天上に地上のすべてがそのまま再現された影の世界がある、というところからはじまります。影の世界では、すべての人が幻なので声を出すこともできず、また、すべての物も幻なので、人は物を持つことすらできません。

そんななか、若くして病気で死んでしまった少年が、影の世界に登場します。彼には、地上に想いを残した少女(マルグリット)がいました。ある日、彼は影の世界の図書館で、その少女の幻と再会します。彼は図書館を出るときに、彼女の鞄を持ってあげようとしました。その優しい心が、すべての生気を失った影の世界に奇跡を起こします。

驚いたマルグリットはまばたきをしました。地上の女の子が持つ本物の睫毛が、ぱちくりします。まだ顔の大部分は命がないままでしたが、目だけはかつてのような青い色に戻っていました...ふたりは取り戻した唇を長い間、重ねあっていました。

影の世界にいながらも、活力あふれだす恋するふたり。物語のおしまいには、さらなる奇跡が起こります―

シュペルヴィエルの描く世界は幻想的ですが、それはシュルレアリスティック(超現実的)というより、現実の社会や人間関係が抱える孤独や寂しさや虚しさ、そしてその解決の糸口を、物語に託して表現しているかのようです。

おとぎ話、それもとびきり上質な、大人のためのおとぎ話。ぜひ。

Text by YUUKI