ヘルタースケルター

【BOOK REVIEW】

岡崎京子ヘルタースケルター』(2003年/祥伝社)
岡崎京子さんをご存知ですか。1980年代〜1990年代にかけてその独特の画風と文学的な世界観で人気を博し、時代の顔として活躍した女性漫画家です。人気絶頂の1996年5月、飲酒運転の車にはねられるという大事故に遭い、現在も療養生活を続けられています。今日は、2003年に単行本が刊行され、2004年に手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した岡崎さんの代表作『ヘルタースケルター』をご紹介します。

ヘルタースケルター』は、全身整形によって完璧な美を手に入れたスーパースター、“りりこ”の物語。巨額の投資によって完全な美貌と栄光を我が物としたりりこですが、手術の負担は予想以上に大きく、彼女の肉体は次第にあちこちで異常を訴え始めるようになります。それと共にりりこの心も、それはまるで花びらが剥がれ落ちるように、急激で破壊的なスピードで破滅していきます。ストーリーは、複雑に敷かれた伏線と共にミステリアスに展開されていきます。

人は往々にして、多くのものを手にすればするほどより高度な次元の欲望に駆られ、一度獲得してしまったものへの喪失の不安に苛まれるものです。この作品から私が一貫して感じるのは、物質的な世界がいかに非永続的であるか、ということです。こうして言葉を話し、本を読む私自身も、年月が経てば皺だらけになり、腰が曲がり、歯が抜け、挙句の果てに白いカルシウムの塊だけとなり、冷たい土の中へと帰っていくわけです。

しかし、私は、だからこそ命は美しいのだと思います。それは例えば、蝋燭に灯された炎を見て美しいと感じることに似ています。燃えている炎は、その光とその影が止まることなく揺れているからこそ美しく、もしもそれが電球の光のように揺らぐことを知らなかったら、果たして人を惹きつけるような存在となり得るでしょうか。命というものも、流動的で、不安定で、心もとない存在だからこそ、無限の広がりを持つことが出来るし、愛おしく思えるような気がするのです。それが仏教でいう諸行無常ドゥルーズのいう生成変化なのでしょうか。

岡崎さんの作品は、あまりに痛々しく、あまりに悲しく、あまりに破滅的な物語が多いのですが、しかしそこには必ず逃れられない“美しさ”が秘められています。ぜひ、一度手にとってみてください。
Text by NANASE