シュルレアリスム宣言

【BOOK REVIEW】

アンドレ・ブルトンシュルレアリスム宣言・溶ける魚』巌谷國士訳(1992年/岩波書店)

ブルトンは言います。“きっぱりいいきろう、不可思議はつねに美しい、どのような不可思議も美しい、それどころか不可思議のほかに美しいものはない。”

20世紀前半シュルレアリスム運動のリーダーとして活躍したフランスの作家アンドレ・ブルトンは、1924年に『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』を刊行しました。ブルトンは本書前半の「シュルレアリスム宣言」にて、元々ギョーム・アポリネールの造語であった“シュルレアリスム”の定義づけを試みています。一般的にシュルレアリスムには“現実離れした不可解な世界”としてのイメージがありますが、ブルトンの言うシュルレアリスム(超現実主義)は、現実から離れているのではなく、むしろ我々を取巻く現実の奥深くに内在する“超現実”を認識する概念を意味します。シュルレアリスムは現実生活の中で実践することでその即興性と無意識性の喜びを体感できる思想であり表現方法なのです。それは不可思議性の侵入を許さない絶対的合理主義を批判しますが、理性の存在そのものを否定しているのではありません。

シュルレアリスム。男性名詞。心の純粋な自動現象であり、それにもとづいて口述、記述、その他あらゆる方法を用いつつ、思考の実際上の働きを表現しようとくわだてる。理性によって行使されるどんな統制もなく、美学上ないし道徳上のどんな気づかいからもはなれた思考の書きとり。

ブルトンは本書にて、人間が成長に伴って幼児期の優れた想像力や精神の処女性を失い、その代わり現実主義的態度に満たされた実際生活へ従順化してしまうことに強く警鐘を鳴らしています。そしてその現実主義的態度を“凡庸さと、憎しみと、つならぬうぬぼれとの産物”と批判しています。人が不可思議を愛せなくなったとき、芸術や文学がどうなるのか。ブルトンは、その悲劇的な未来を恐れていたのだと思います。不可思議性や謎を愛するその精神は、ヤン・シュヴァンクマイエルなどその後に続くシュルレアリスト達にも受け継がれています。

本書は、難解な文学論・芸術論ではありません。むしろ刺激的なジョークやウィットに満ちた、読み物としても十分に楽しい一冊です。今から80年以上も前に書かれた本ですが、新鮮で喜ばしい発見に溢れています。絶対的合理主義が(ある面においては)歩調を速める今の時代こそ、再評価されてもいいのではないか。そう、思います。
Text by NANASE