ガルシン短編集


ガルシン『紅い花 他四篇』神西清訳(1937年初版/岩波文庫)

こんにちは。今日は、ロシアの作家フセーヴォロド・ガルシン(1855-1888)の短編集を紹介します。精神的病に侵され若干33歳という若さで狂死したガルシンは、その短い生涯の中で20篇の作品を残しました。本書は代表作とされる「紅い花」始め、「四日間」「信号」「夢がたり」「アッタレーア・プリンケプス」の五編を収載しています。

本書の最後に収載されている短編「アッタレーア・プリンケプス」は、とある植物園でその気高い生涯を全うした、一本の棕櫚(シュロ)の物語です。彼女が夢見ていたのは、植物園のガラス越しに見える広々とした大空。彼女はどうにかして自由の天地を我が物とするために、ある秘策を提案します。周りの植物達は皆一様にその冒険に反対するのですが、彼女は聞く耳を持ちません。そしてついに彼女は…。このお話の結末はとても悲しいものですが、それはガルシン自身と彼を取り巻く社会との関係性を象徴しているような気がします。美しいまでに強く健気な意志を貫き通した一本の棕櫚の姿からは、ガルシンという人の極めて清らかで鋭敏な感性が窺えます。

本書は、全編で100ページ余のごく薄い短編集です。しかし、私にとってはおそらく一生忘れることの出来ない大切な一冊です。決して、“感動”という陳腐な表現で伝えられる作品集ではありません。しかし、もしも何か抑えきれない情念が心の奥の方から湧き起こり、無意識的に涙が流れ出る現象が“感動”であるとするならば、私は確かに、“感動”したのだと思います。ここに収められているどの作品も、それぞれが、それぞれとして美しい。こういう一冊に出会う度、私は本というものの素晴らしさを実感するのです。

Text by NANASE