どろんここぶた

【BOOK REVIEW】

アーノルド・ローベル『どろんここぶた』岸田衿子訳(1971年、文化出版局)

好きな絵本は数え切れないほどあるけれど、もしも一冊だけ選べと言われたら、きっと私はこの絵本を選びます。第一“どろんここぶた”なんていうちょっとまぬけな名前からしていかにも面白そう。原題は『Small Pig』らしいのですが、そこを“どろんここぶた”にした翻訳者岸田衿子さんに拍手を送りたいです。こぶたが絶妙な表情でどろんこの中に浸かっている表紙の絵も、なんとも素朴で温かい。

作者のアーノルド・ローベルはアメリカを代表する絵本作家で、がまくんとかえるくんの友情を描いた『ふたりはともだち』のシリーズは大変有名です。ペンによる柔らかな線描と限りなく色味を抑えた優しい色彩のイラストはアーノルド・ローベル独特のもので、一度見たら忘れられないほど魅力的です。

主人公のこぶたは、優しいお百姓夫妻の家の豚小屋に住んでいます。

こぶたは、たべるのが だいすき、
うらにわを かけまわるのも だいすき、
ねむる ことも、だいすきでした。
でも、なによりも なによりも すきなのは、
やわらかーい どろんこの なかに、
すわったまま、しずんで ゆく ことでした。

ある日、お百姓のおばさんは豚小屋の前の汚い泥を見つけてきれいさっぱり掃除してしまいます。こぶたのためを思ってした掃除ですが、やわらかいどろんこが大好きだったこぶたはすっかり怒って、そのまま家を飛び出してしまいます…

私はこぶたが泥の中に座り込んでずずずーっと静かに沈んでいくシーンが何より好きで、小さな時から何度も何度も読み返しました。やわらかい泥の中に沈むこぶたの表情は本当に気持ちよさそうで、読んでいるこちらまで何とも言いがたい満足感に満たされるのです。きっと少し温かくて、ふわふわしていて、どろんこの優しい匂いがするんだろうな。読者にそんな素直な共感をさせてしまうアーノルド・ローベルは、実に素晴らしい絵本作家だと思います。

1971年の初版発行以来、日本中で愛されてきた名作絵本です。今後もより多くの子どもたちに長く読み継がれていくことを祈っています。
Text by NANASE