パレスチナのこと、サイードの言葉。


まるで終わりの見えない、永遠に続く長い迷路のような。チェコで出会ったキュビズムの螺旋階段は、今日の不安定な中東情勢を象徴しているかのように思えます。

昨年末から20日間以上にわたって続いたイスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの攻撃。今、ようやくイスラエル軍のガザ撤退が完了しようとしています。しかし撤退完了後もパレスチナに主権が戻るわけではなく、ガザは依然としてイスラエルの軍事占領下にあります。

今回のガザ紛争におけるパレスチナ側の死者は1300人を超え、その内の約30%が子どもでした。またガザでは日収3ドル以下の極貧世帯が70%に上り、市民の生活は困難を極めています。衣食住といった基本的な人権すら守られることなく、いつどこで命を剥奪されるか分からない状態の中で、自らのアイデンティティを自問しながら生きる人々。この存在を、私達は同じ国際社会の一員として、決して無視してはならないと思います。

以前、目の前でイスラエル兵に恋人を射殺されたパレスチナ人の方とお話をしたことがあります。心に深い傷を負い、その後彼にイスラエル人の友人が出来るまで、ずっとイスラエル人を人間とも思えなかったとおっしゃっていました。紛争は市民レベルの憎悪感情をも生み出し、それがやがて偏見や攻撃への動機となり、新たな争いへと繋がっていく。このスパイラルが続く限り、両者の和解は不可能であると強く感じました。

宗教や民族観、歴史、経済、政治が複雑に絡み合うパレスチナ問題において、一面的に加害者と被害者を判断するということはもはや不可能です。例えばパレスチナにおいて圧倒的に加害者であるイスラエルが、国際社会において悲惨なホロコーストの犠牲者であるように。今日の状況は、この問題に関わったあらゆる国家・組織の野望や誤算や無視や努力の結果であり、一概に誰が悪いとは言えない状態なのです。

だからこそ、武力による解決には限界があります。人種差別や分離主義的な価値観に異議を唱え続け、パレスチナにおける「別の道」を探求し続けた同地を代表する知識人、エドワード・W・サイードは言っていました。

あらゆる状況には、どれほど強力に支配されていようと、必ず別の道があるものです。確立されたものや現状ではなく、別の道について考えるように努め、現在の状況が凍結したものだなどと思い込まないようにしなければなりません。エドワード・W・サイード『ペンと剣』中野真紀子訳(2005年、筑摩書房)より

困難な状況を単純に悲観するのではなく、問題の根源と現状を冷静に分析することで真の平和を模索したサイード。彼の思想にはイスラエル側の人間の心をも動かす強力な知性がありました。彼の言葉を希望に、私達は平和というものの在り方について、今一度真剣に考えていかなければならないのだと思います。

Text by NANASE