小川未明童話集

【BOOK REVIEW】

小川未明小川未明童話集』(昭和26年初版,新潮社)

児童文学の金字塔とも言われる作家、小川未明。『赤いろうそくと人魚』を読んだことがある方は多いかもしれませんが、他の作品も面白いです。

本書に収められている「月とあざらし」は、凍てついた北の海で行方不明になった我が子を待ち続ける一匹のあざらしと優しい月の友情の物語です。たった10ページ弱の短い話ですが、この童話集の中でも一際強い存在感を放っているような気がします。

「さびしいか?」と、月はやさしくたずねました。 このまえよりも、あざらしは、幾分かやせて見えました。そして、悲しそうに、空を仰いで、 「さびしい!まだ、私の子供はわかりません」といって、月に訴えたのであります。

この場面を読んだとき、あざらしの「さびしい!」という言葉の素直さが、なんだかとても心に響きました。一つの形容詞からなるこの単純な叫びが、恐ろしいほど真っ直ぐに私の心に刺さるのを感じました。ああ、このあざらしは、本当に寂しいのだ。大切な存在がいなくなってしまったときの、何にも代えがたい圧倒的な悲しみと孤独が、あざらしの一言を通じて、ひたひたと心の奥底に伝わってきたのです。

未明の書く文章には、他の誰とも比べられない圧倒的な個性があります。幻想と慈愛に満ち、それでいてどこかに得体の知れない不安感や気味の悪さを包含しています。まるで一編の詩のような短い物語たちが歌っているのは、いつだって子供が鋭敏に感じている、生きるということの不思議や難しさ、そして美しさであるような気がします。大人にこそ、読んでいただきたい一冊です。

Text by NANASE