フィッツジェラルド『若者はみな悲しい』

【BOOK REVIEW】

F.スコット・フィッツジェラルド『若者はみな悲しい』小川高義訳(2008年、光文社)

今年の春頃から、フィッツジェラルド(1896〜1940)に夢中です。色々と濫読した中で、特に印象深い自選短編集をご紹介します。

フィッツジェラルド1920年代のアメリカを代表する人気作家。雑誌向けの短編小説などを量産しながら生計をたてるというスタイルやその作風から、華やかな世界を生きた作家というイメージがありますが、『マイ・ロスト・シティ』(村上春樹訳、1984中央公論社)などを読む限り、そんなに単純な生涯ではないようです。華やかさの一方でどうにもしようもない不安や破滅への恐怖を抱え、情熱的なようで冷笑的でもある。そのような彼自身の二面性は、彼の生み出す作品の根底に流れるものと共通するような気がします。

本書の原題は『ALL THE SAD YOUNG MEN』ですが、私はこの『若者はみな悲しい』という邦訳が気に入っています。登場人物たちはみな心の奥底に様々な形の悲しみや苦悩を抱えているのですが、しかしそこにはまた若者特有の溌剌とした生命力が秘められています。本書の作品全体を覆うのは、深い悲しみというよりは、ある種の冷笑と溶け合う刹那的な美しさです。

本書に収載された短編作品の中でも、特に「冬の夢」と「『常識』」は傑作だと思います。少ない文字数の中に、ときめきや歓び、胸の痛み、心苦しさ、悲しみ、美しさというような、人間という存在を支える多様な要素が凝縮されているのです。

フィッツジェラルド作品の凄みは、それらの要素は確かに凝縮されているのだけれども、決してぎゅうぎゅう詰めではなく、それとなく、何となく、じわじわと徐徐に滲み出てくるような形に加工され、読者が気づいたときにはもう、幾つもの小さな破片が心に刺さって抜けない状態になってしまっている、という所だと思います。読み終わった後でさえ、例えば日常の些末な業務の最中などにふと、作品中の短い一文や描かれた瞬間の情景を思い出すことがあります。それは何も、読んだ時点でものすごく印象的であった作品に限りません。作品から得た色々な断片が一瞬の輝きとして脳裏に焼きつき、時々気まぐれに、そっと姿を現すのです。

彼の作品はきっとこれからもそんな風に、何度も何度も私の人生に現れては、消えてゆくのだと思います。

Text by NANASE